気がついたら夢が叶っていた。
31年前18才の時に体験した辛く悲しい出来事。そうか・・・と、今頃気がついたわ、という話しです。
昨日は北海道・本別町へ。毎年恒例、北海道立農業大学校の農業経営研究科で3時間講義させていただきました。
おはようございます。昨日は朝5時起床、5:30車で出発→9:00~昼間で3時間の講義→3時間運転して帰宅→2時間で資料をまとめ→19:30『農業始めたい人の学校』オンラインでの講義→21:00終了解放→ホッピー晩酌開始♪という50才のおっさんにはキツかったやりきったメロンおじさん寺坂祐一です。ダレカホメテェ…
あ、写真は本別町へ向かって車を走らせているときの朝焼けと、芽室町の風景です。
■学生さんに向けて、農家が取り組む直販・通販・ダイレクトマーケティングの実践と厳しさと難しさとおもしろさとやりがいを思いっきり語ってきました。
その帰り道、車を走らせながらいつものようにオーディオブックを聞いていていたんです。タイトルは『Happy Money』本田健さんの名著です。
各章の教えを聞きながら、いろいろと自分のこれまで、生き方、未来を考えたり感じたりしていてました。そしてふと気がついたんです。
あっ、夢が一つ叶ってる。
そうか・・・気がつかなかった。自分にとって悲しい過去の体験だったから心の奥底に閉じ込めて蓋してたんだ…、と。
■31年前、自分18歳の時
地元の農業高校を卒業後、そのまま後を継ぐべく就農する人生レールが引かれていた私。
んでも、農業高校の授業を3年受けてみて「この知識レベル、技術レベルで農家継いでもヤバいだろ…」と思っていた。
私はおじいちゃんの跡継ぎ。そして父はサラリーマンなので農業技術はほとんど無いから、引き継げて学べるのは昭和中期レベルの農業技術となる。
土のphも計らないでテキトーに石灰撒いている感じ。施肥計算もありえないから肥料袋に書いてある通りに撒く、みたいな農家だったんで。
さらには、おじいちゃんは地域でも有名なスーパーアル中朝から昼から酒を飲んで町の道路で寝っ転がり、警察に保護されパトカーで帰ってくるような、そっち方面での強者だ。
■高3の夏。このまま農業を継ぐことに不安を感じていた私は勇気を振り絞っておじいちゃんと父に言った。
「十勝にある北海道農業大学校に行きたい。農高での勉強だけでは絶対に勉強が足りないから…」
すると、おじいちゃんは暴れた(笑)
(情景描写は自粛します)
さらに酒を飲んで怒鳴った。
「すぅなんもんダメだ!すぐに跡を継げっ!!」
まぁ、おじいちゃんは私が跡継ぎとして一緒に農業出来るのをとっても楽しみにしていたんですね。
父親も大反対。「そんなところ2年間遊びに行くようなもんだ。大丈夫だから、うちは大丈夫だからすぐに農業やりなさい」諭された。
父親は会社勤めしながら繁忙期に農業を手伝ったりと大変だったのだ。モーレツに働きっぱなしで休んでいるところを見たことがないくらい(冬を除く)。だから私が農業に入れば…という思惑のようだった。
まぁ、当時は農業後継者って「兄弟で一番バカなヤツが農家を継ぐんだ。賢い子はもったいないから都会に出す」が当たり前に言われていた時代ですからね…。ちょっと今では信じられませんが。
ということで、はかなく崩れ去った私の計画(あこがれのキャンパスライフ?!崩壊)。
高校卒業間際のあの頃、同級生が農業大学校へ進学していくの、すんごい羨ましかったなぁ…。オーディオブック聞きながらなんか、思い出したわ。んで、気がついたんだ。
■行きたかった農業大学校に今、行っているじゃないかっ!もう8回ぐらい?毎年行っている、『講師』として…。
夢、叶ってる…。
びっくりだ。
まさかこんな形で…。
という、お話しでした。私の心の奥底に閉じ込めて蓋して鍵かってあった、あのおじいちゃんが暴れた悲しい出来事。
あれから長いようで短い31年時が経った。まさか、ね。人生ってどう転がるのか?わからないものですね。
なんか自分に嬉しい気分で車を運転し帰ってきました。んで夜のオンライン講義も熱く語って一日を終えたのでした。
私の思い出話、長文お付き合いいただきありがとうございますm(_ _)m
では今日も一日、今日は早く寝るぞー!と心に決めながらも、自分と自分の周囲の人がより一層幸せに豊かになるよう、自分の能力を発揮します!彌榮っ( )/▢
北海道・富良野からおいしいメロン・野菜を全国にお届けし、お客様に「おいしいっ」と喜んでほしい』を理念と据え、産地直送に取り組む農業を続けています。